記事一覧

○○専門の相談所とは!?

アイコン

“当社は医者・弁護士・経営者が多く登録している相談所です。”この様な謳い文句で女性会員を募っている相談所がありました。船〇総合○○が指導した会社です。

ファイル 1218-1.jpg メディア
女性達は60万円から100万円を支払い入会します。

医者・弁護士・経営者と結婚できれば、初期投資としては安いものです。

ところが、医者・弁護士・経営者として登録している男性は、真剣に結婚を希望していません。遊びが優先しています。そして、実際に会える女性は極わずかしかいません。

では、どの様な方と登録された女性達は会っているのでしょうか?

はい!

当社の男性会員と結構お見合いしていました。

日本仲人○○に、件の専門の相談所は登録していましたので、当方の男性会員とお見合いすることになります。

その他にも、公務員専門が謳い文句の相談所がありますが、専門の割に公務員の登録が少ないのが現状で、当社会員の公務員とお見合いしています。件の専門相談所は日本○○連盟所属ですので、当社とお見合いを組んでいました。

アメリカ人との結婚を望む女性を、食い物にしている専門の相談所がありますが、こちらは社名をいくつも変更して営業を続けていました。詐欺カンパニーです。

消費者センターに訴えられても屁の河童。

代表者も社名も変更して再出発を繰り返しますので、訴えが効きません。

なにしろ、都内の有名な場所で営業しており、店内は綺麗ですから、皆さん安心して入会してしまうようです。

何しろ、全て嘘で塗り固められていますので、素人には真偽が見極められません。日本人は騙されやすい!

ファイル 1218-2.jpg イタグレの特徴的行動
ところで、店長・支部長からよく文句を言われている会員さんがいらっしゃいますが、会員さんの事が嫌いということではなく、1日も早く“幸せな結婚”をしてもらいたい為に言っているんです。

TVでお馴染みの○○相談所の様に、集団で入会面接後、後は一度もカリスマとは会えずじまい。そりゃあそうでしょう、集団面接が忙しくて、会員さん一人一人と会える時間なんてありません。

お金だけ貰えば、後は好き勝手にどうぞ!では、困るのは会員さんです。
ファイル 1218-3.jpg
いいですか、“幸せな結婚”です。

結婚した後、長く夫婦生活が続けられる“幸せな結婚”をしてもらいたいのです!

だから、口うるさくなるんです。許してあげて下さいね。

都会に近いと未婚女性が増える!?

アイコン

東京近隣及び大阪周辺と北九州では、25歳から29歳女性の未婚率が高くなっています。

ファイル 1217-1.jpg 25~29歳未婚女性地図
ファイル 1217-2.jpg
地元に残った女性は地元の男性と早く結婚し、大都市に働きに出た女性は独身者が多いようです。

では、大都市及び周辺部に元々住んでいる女性はどうかと言いますと、親元で炊事洗濯親任せ、自治会の参加行事も親任せ、友達と高級レストランでの食事及び海外旅行。
25~29歳未婚女性データ
独身ならばこその生活。

働いたお金は、全額おこずかい。

私も味わってみたい、素敵な生活です。

これで結婚せよと言っても、なかなか止められるものではありません。

でも、最近は少々趣が変わってきているようです。

景気が悪くなり、独身貴族を長くは続けていられなくなったのが、現実のようです。

早めに気が付いた20代後半の女性達は、勿論、結婚相談所を利用するようになってきていますし、遅まきながらもアラフォー女性も参戦し始めています。

最近は女性の方が、結婚相談所に入会する人が増えています。

これは、65歳以上の高齢者の人口比率です。地方は平成7年と比べ極端に比率が高くなってきています。
ファイル 1217-3.gif 平成7年
ファイル 1217-4.gif 平成17年
亀井静香大臣の御国元は、今や過疎地になってきています。

地方での郵便局の役割は、都市部とは比較にならない重要な役割を果たしています。

独身を貫く都会の女性、若者が居なくなってきている地方の過疎地。

地方の再生は、日本の再生にも繋がりかねません。

そして、都会の女性を一日も早く、結婚させることも、日本の再生に貢献できると思っています。

皆さん、私達と一緒に前向きにトライしてください!

応援しますから!

空巣家庭とは!?

アイコン

空巣家庭とは、犯罪者の集団ではありません。この呼び名は、中共での呼び名です。

子供達が巣立ち、老人夫婦だけ又は老人だけの所帯を、空巣家庭と呼ぶようです。そして、中国では60歳以上を老人と言います。

はい、私も老人の仲間に入っております(涙&笑)。

ファイル 1216-1.jpg
今、中共ではこの空巣家庭が問題になってきています。21世紀中葉には、全人口の25%が老人という事態になり、4人に1人が65歳以上の高齢者社会に突入します。

この空巣家庭は全家庭の48%~49%にも及び、老人の餓死が徐々に増えてきています。

中共の老人は既に1億人を突破し、日本の人口と、ほぼ同じくらいになっています。凄い!

この老人達に対して、高齢者を収容できる老人ホームは、250万ベットほどしかないのが現状です。老人人口の1.5%、1000人に対して、15人しか収容できません。

何でこんな話題をブログに書くのかと言いますと、日本は中共より先に高齢化社会に突入してしまいます。

その時に困るのは、今、バリバリ働いている「あなた」だからです。

ファイル 1216-2.jpg ソウルの貧民街
既に、4人に1人が老人になり、年金生活者になるのです。その原資はあなたの年金と税金になります。

ファイル 1216-3.jpg
餓死するというのは、お金が無いからではありません。

誰からも振り向かれない生活者。存在を忘れられた老人達の事です。

結婚せず、もっともらしい言い訳をして現在を楽しむ「あ・な・た」。

親も死に、兄弟親戚からも忘れ去られた存在になった時、待っているのは餓死かもしれませんよ。

周りの人たちが騒いでくれるうちが、華ですよ!

1日も早く婚活しましょう。応援します!

社会主義国家 日本

アイコン

学歴の格差、貧富の格差をなくすために頑張っている人たちがいます。それは社会主義者たちですね。よく言うマルクス信奉者の方々です。

そして、その頑張りによって国ができました。旧ソ連、モンゴル、中国、朝鮮等です。知的エリートのテクノクラートと一般労働者に分化した社会が出来上がりました。しかしその結果、学歴格差と貧富の格差を逆に広げてしまいましたね。可哀想に!

共産国家の党幹部は豪勢な別荘に住むことが出来、その子供たちは特権階級として優秀な学校を卒業し、更に国営企業に就職して若くして幹部社員になり高給を取ります。ハイ!お隣の中国では、いまだに現在進行形のことですね!

中国の一般農民は年収10万円で生活しているのに、党幹部の御親戚様一同は年収数億円から数10億円。一般農民の中にはいまだに文盲(字の読み書きができない)が多いのに、党幹部の子弟は外国の大学に留学しています。

そして日本。東京・京都・早稲田・慶応出と一般の大学出との所得格差は、民間企業では認められません。民間企業は実力主義ですから学歴は関係ありません。当たり前か!

学歴の神通力が保てるのは、民間企業ではせいぜい30才くらいまでと言われています。

ファイル 1197-3.jpg

上級国家公務員+マスゴミは学歴主義がいまだ通じているようですが。

高卒と大卒との生涯賃金格差はOECD20カ国中、日本は最低です。大学間格差は勿論ありませんが、高卒と大卒との格差も20%ほどで他国のように200%も違いはありません。

ファイル 1197-1.jpg

学歴の格差も、貧富の格差もさほどない国、日本。これって正に理想の社会主義国家ですね。すごい!

ファイル 1197-2.jpg

農民戸籍の人は都市住民になれない中国。職業の選択権はありません。一般農民に生まれたら一生農民で暮らすしかありません(但し、違法ですが民工として低賃金労働者として働くことは出来ます)。それに比べて日本は、実力さえあればどのような職業にも付けます。

自由主義国家の代表である米国では、国家が民間企業にお金を出し企業を国有化しようとしています。真逆の共産主義国家の中国では国有企業をどんどん民営化しています。そして自由主義なのに理想の社会主義国家のような日本。

世の中って、学校の勉強どおりにならないのが面白いですね!

あなた達は、理想的な日本に生まれてきたのです。安心して結婚してください!

ちょっと天邪鬼!

アイコン

私、何度もこの場で書いておりますが、日本はいい国だ!だから安心して結婚し子供を産んでください!という思いで、毎回本ブログに拙い内容ですがエントリーさせていただいております。

10年以上前だったと思いますが、経済事情に詳しいある会員さんから日本はもう駄目だから1ドル200円に、もうじきなりますよ!と聞かされたことがありました。その当時、私は会員さんに日本のファンダメンタル(基礎的事項、基礎的条件)が良いのでそんなことにはならないと思いますよと話し合ったことを思い出しました。

当時の話を思い出しますと、会員さん曰く、中国やロシア等の新興国がすごい勢いで台頭し、原材料も高騰、これで日本の輸出産業は駄目になる、だから日本円は世界から信用されず円安になる、急いでドルとユーロに資産を分散させた方がいいですよ!とのお話だったように記憶しています。

今現在、日本の有名な輸出産業(トヨタ・ソニー等)は皆大幅な黒字になっています(あの東芝でさえ)。それなのにまだ1ドル110.53円(6/19 外貨から円)ぐらいです。何故でしょう?

GDP(国内総生産)に対する輸出依存度が日本はアメリカに次いで低いからです。

日本は輸出することで経済が成り立っているのではなく、85%の内需で経済が成り立っています。又、日本は海外にお金を貸しその利息が国内に入ってきます。この金額は輸出で得た金額を上回るまで膨れ上がっています。輸出産業にお金を回し、経済を活性化させるのではなく、現政府が行っている内需に貢献する(既得権益を破壊する特別区)政策が景気を良くする方法です。

TV・新聞が嫌がること、これを行えば正解です。今までずーと見てきましたが、この法則は当たります。TV・新聞が悪く言うことは良いこと、よく言うことは悪いこと。真逆に捉えると正解です。
ファイル 1196-1.jpg

ちょっと天の邪鬼なのですみません!

お金を借りる人より、お金を貸す人の方が金持ちであり、裕福に暮らせます。日本はお金を貸す方ですから裕福です。裕福なのにTV・新聞はもう日本は駄目だ!駄目だ!といつも唱えます。貯金があり、犯罪も少なく、子供たちもよい子が多く、家も綺麗で、電化製品に囲まれた生活を送り、インフラも整備され、公共の交通機関を使い自由に何処へでも行くことが出来、何を言っても(言論の自由)犯罪者にならず、国民皆衛生観念があり疫病も蔓延しません。

世界と比較してもよい事ずくめの日本です。

だから日本に生まれた自分に、もっと自信を持ちましょう!
ファイル 1196-2.jpg

青柳恵介著“風の男 白洲次郎”この人位自分に自信を持ちたいものです。このカッコよさは到底真似が出来ません。

婚活の臨界質量

アイコン

最近、婚活の影響でしょうか、矢鱈と女性会員の入会が増えています。有難いことです。

男性が少々自信喪失気味なのか、以前と比べて男性の入会が減っているようにも感じられます。近隣(川越市)に「口だけ相談所M○○」が数年前に発足したのも影響しているのかな?
ファイル 1195-1.jpg

まだ景気は良くないと言っても、日本は安定したよい国です。
ファイル 1195-2.jpg

かの中国では失業者はすでに2000万人を超えたようです。何せ十三億人の国ですから規模が違います。数年前に日本では派遣社員の首切り、リストラの影響で数百人規模が日比谷公園に集まったと、日本沈没の如きに報道されましたが、中国では田舎町クラスの話ですね。
ファイル 1195-3.jpg

数百・数千人規模の暴動が年間数万件起きている中国ですね!規模が違います。

ところで、社会学には「臨界質量」という言葉があります。例えば、交差点で赤信号を待っている時、1人や2人が信号を無視したところで、他の人々が赤信号で渡ることはありません。ただ、それが5人、10人と増えたらどうでしょうか。

このように集団の行動が変わる潮目となる比率を臨界質量と言うそうです。中国はよき見本になります。

婚活する人がある一定以上増えてくると、結婚するには婚活だ!結婚相談所に行こう!になるといいですね。

感情のコントロール

アイコン

最近“キレる中高年”が増えているようですが、どうやら中高年に限らず皆キレやすくなっているようです。

例えば、自分の話のテンポと相手の話のテンポが合わない、自分が求めているサービスの要求と相手のしてくるサービスが合わない。

ファイル 1190-1.jpg
更に世の中全て自分中心に動いていて、自分の価値基準・行動・知識に合致しないものは認めることが出来ず排斥をしてしまう。排斥するだけならよいものを自分の価値基準に合致しなければ相手を罵倒し、己の感情をコントロールすることがうまく出来ない。

なんだか精神の発育が十分でない子供が大きくなっただけの大人のようです。

自分の子供が他人に対して何かしら悪いことをしたら、監督不十分として親が責任を執らされます。子供は権利を主張しますが、大人は義務を履行します。

大人になるということは、全ての責任は自分にあるということを自覚することです。

スーパーのレジの前に並んでいた老年男性が、隣のレジが開き自分の後ろの客が先にそちらに並んだことに腹を立て、30分に渡りレジ係10人を並ばせ怒鳴りまくったことがあるそうですが、自分の思うようにならないと泣き喚き、自分の要求を叶えられるまで叫び続ける子供とまるで同じです。

あの時こう約束したのに実行してくれない。親としては実行したかったが諸々の事情によって実行できなかった。しかし子供は納得しない。この様な子供が大人になり弱い立場の相手に対して要求をし出したら、たまったものではありません。

お見合い相手・交際相手に対して、理不尽な要求をしていても理不尽と思わず、自分の要求を貫こうとする人は、精神が確立していない子供と同じです。常に自分が正しく相手が非常識であると思ってしまう。

ファイル 1190-2.jpg
20世紀初頭に活躍した旅行紀行家イザベラ・バード女史は“日本奥地紀行”“朝鮮紀行”を記しています。その中でまだ欧米の影響を受けていない、素の日本・朝鮮の奥地を旅して、他人に対して正直でやさしく争いごとをしない日本人と、常に他人を騙し争いごとの絶えない朝鮮人を紀行文に表しています。今、日本人は溶けていくのか?

南スーダンと韓国

アイコン

本年5月で南スーダンに展開されていた自衛隊が、日本に引き揚げてきます。皆さん、ご苦労様でした。

今回の処置は、パク・クネ弾劾が成立した後に、即発表されたものです。何故でしょうか。

ファイル 1180-1.jpg
弾劾が成立した為、5月には韓国で大統領選挙が行われます。今の状況からすると、ムン・ジェインという従北政治家が大統領になることが、確実視されています。

ファイル 1180-2.jpg
この政治家が大統領になると、北朝鮮に韓国は飲み込まれる可能性が出てきます。サード配備はなくなり、金正恩の傀儡政権が誕生してしまいます。韓国の電力の30%以上は、原子力発電に頼っています。日本は1%台です。

韓国の核技術と北朝鮮のミサイル技術が融合されたとき、日本及びアメリカは大変危険な状況に置かれます。

従北政権が成立したとき、アメリカは北朝鮮の金正恩に対して、攻撃を仕掛ける可能性が出てきました。その時、北朝鮮から大量の難民が押し寄せる可能性も考えられます。一部には武装難民が混じります。端的に言えばゲリラ難民です。

ファイル 1180-3.jpg
このような状況では、警察では対処できませんので、自衛隊が出動することになります。最近の陸自では、戦車ではなくタイヤを履いた装甲車(時速100k)が主力になりつつありますが、このような状況を早期に想定して、配備していたように見受けられます。

突如、南スーダンから自衛隊が帰国するというニュースが流れましたが、おそらくこのような事態に対する伏線ではないかと危惧しています。

世の中が騒然として来ています。一人より二人の方が安心して暮らせます。婚活は苦しいときもありますが、皆さん乗り越えて幸せをつかんでいます。一緒に頑張りましょう!

京都認知症母殺害事件

アイコン

【事件概要】

 2006年2月1日未明、京都市伏見区の桂川の遊歩道で、区内の無職K(当時54歳)が、認知症の母親(86歳)の首を絞めて殺害、自身も死のうとしたが未遂に終わった。

K

【父の言葉】

 京都市中京区の職人の住む一画で生まれたKの父は西陣織の糊置き職人をしていた。口よりも先に手が出るような厳しい人物であったようだが、Kは父親を尊敬していた。Kは高校卒業後、父の弟子となった。しかし呉服産業の不況により、35歳の時に職人をやめてホテルの警備員や電気製品の製造工、システムキッチンの組み立てなどに仕事を変えた。結婚はしていない。

 父親は1995年に80歳で亡くなり、この頃から母親に認知症の症状があらわれはじめる。事件から11年前のことである。

 2001年頃、母子は伏見区のアパートに引っ越した。親類の好意で、家賃6万円のところを半額にしてもらった4畳半と6畳間の部屋だった。

 母親の認知症は2005年4月頃から症状が悪化し、おにぎりの包み紙を食べたり、「キツネがいる」と言って天井を叩いたりした。真夜中に外出しようとしたり、Kが仕事に行っているあいだに徘徊して警察に保護されたりしたことも2度あった。昼夜逆転の生活になっているため、母親は真夜中の15分おきに起き出し、Kも疲れ始めていた。
 そんなことがあってか、夏ごろには介護保険を申請し、アパートの近くの施設でデイケアサービスを受け始めたが、昼夜逆転の生活は戻らなかった。Kは献身に介護し、7月頃には仕事を休職している。

 9月頃、工場勤めをしながらの介護に限界を感じたKは仕事を辞め、自宅で介護しながらできる仕事を探したが見つからなかった。12月には失業保険の給付もストップしている。区役所にもすでに3度相談していたKだったが、良いアドバイスは得られなかった。「生活が持ち直せるしばらくの間だけでも生活保護を受給できないか」と相談したこともあったが、「あなたはまだ働けるから」と断られている。(事件後、Kは唯一この社会福祉事務所の担当者にだけは恨み事を述べた)

 同じ頃、カードローンの借入も25万の限度額になった。生活費に窮するようになったKは、自分の食事を2日に1回にし、母親の食事を優先した。

 こういった苦しい状態になると、人は普通親類なり友人なりに頼るものである。しかしKはそうはしなかった。Kの心にはいつまでも父親が生前言っていた言葉が去来していたからだ。

「人に金を借りに行くくらいやったら、自分の生活をきりつめたらいいのや」

「他人に迷惑をかけたらあかん」

「返せるあてのない金は借りたらあかん」

【母子の悲しい旅】

 2006年1月31日、この日までに払わなくてはならないアパートの家賃3万円はどこにもなかった。手持ちの現金はわずか7000円ほど。Kは親族に相談することもなく、自分たちに残された道は「死ぬこと」しかないと思った。

 Kは自宅アパートをきれいに掃除をして、親族と大家宛ての遺書と印鑑をテーブルに置いた。その間、Kは何度も母親に「明日で終わりなんやで」と話しかけている。
 最後の食事はコンビニで買ってきたパンとジュース。電気のブレーカを落とすと、Kはリュックサックに死ぬためのロープ、出刃包丁、折りたたみナイフを詰めて、車いすの母と2人アパートを出た。

 2人が向かったのは、三条の繁華街だった。Kがどこに行きたいかと尋ねて、母親が「人の多い賑やかなところがいいなあ」と答えたからだった。1人300円の運賃を払って淀駅から京阪電車に乗り、三条京阪駅に着いた。

 駅を出ると鴨川が流れている。2人はしばらくこの川のそばで時間をつぶしている。やがてにぎやかな新京極通りをに向かった。この通りの入口にそば屋がある。Kがまだ子どもの頃、親子3人で食事をしたことのある店だった。しかし手持ちの金が多くないため、食事はしなかった。

【冷たい雨】
 
 夜、母子は伏見にいた。もう戻ることのできないアパートの近く、桂川の河川敷。次にどこへ行きたいかと聞かれて、母親が「家の近くがええな」と言ったからである。午後10時のことだった。
 
 2月1日。厳しい冷え込み。Kは車椅子の母に防寒具をかけてやった。それから何時間か過ぎた。

「もうお金もない。もう生きられへんのやで。これで終わりやで」
 
 Kは泣きながら目を覚ましたばかりの母に語りかけた。母親は「すまんな」「ごめんよ」と泣きじゃくる息子の頭を撫で、「泣かなくていい」と言った。

「そうか、もうアカンか、K。一緒やで。お前と一緒やで」 

「こっち来い。こっち来い」

 母に呼ばれたKが近づいたところ、額がぶつかった。

「Kはわしの子や。わしの子やで。(お前が死ねないのなら)わしがやったる」

 その母の言葉にKは「自分がやらなければ・・・・」と思った。
 そして意を決し、車いすのうしろにまわってタオルで母親の首を絞めた。絞め続けた後、苦しませたくないために首をナイフで切った。

 Kは遺体に毛布をかけた後、包丁と折りたたみナイフで自分の首、腕、腹を切りつけ、近くにあったクスノキの枝にロープをかけ首を吊ろうとしたが失敗した。「土に帰りたい」と走り書きしたノートの入ったリュックサックを抱いて、冷たい雨の降るなか虚ろな表情で佇んでいた。

 通行人によって2人が発見されるのは午前8時ごろのことである。

【裁判】

 4月19日、京都地裁の初公判が開かれる。
 また公判では地域の住民、関係者ら126人分の嘆願書が提出された。

 5月15日の第2回公判では、弁護側ではなく検察側の方が証人として出廷した親類やケアマネージャーに「被告が将来社会復帰した時に見守っていく用意があるか」と質問した。

 6月21日の公判では、「同じ様な事件が後を絶たないのはなぜか」という裁判官の問いに、Kは、
「今日、明日を生きるために立ち上がる機会と、考える時間、そしてお金を与えて下さい」
 と訴えた。

 そして7月21日、東尾龍一裁判官は「結果は重大だが、被害者(母親)は決して恨みを抱いておらず、被告が幸せな人生を歩んでいけることを望んでいると推察される」として、Kに懲役2年6月、執行猶予3年を言い渡した。

 初公判で「生まれ変わるのなら、また母の子として生まれたい」と述べたKの言葉。

ぼくの姿が見えないと名前を呼ぶのです。呼んではこちらへ寄ってくるのです。
12月の後半ぐらいから夜のトイレに起きるときに先に起きて、ぼくの横になっている寝間のところに来てはここへ入ると言い出すのです。仕方がありませんので、おふくろと一緒に抱きあって寝ました。そういう状態がつづきました。
ぼくが台所で食事の用意をしていると、母は私を呼び、赤ん坊のようにハイハイをし、私のところに寄って来るのです。それがかわいくてかわいくてなりませんでした。そして抱きあげると、にこっと喜ぶのです。抱いてやると、強く抱き返してくれるのです。
(Kの陳述)

母が子供に戻って行くのです。
私は母を「見守る」ただそれだけのことしか出来なかった。
私の手は何の為の手で、母を殺めるための手であったのか、みじめでかなしすぎる。
じっと我が両の手を見る。何の為の手であるのかと。
(最終陳述にて)出典伏見・介護殺人

Kは平成14年8月、琵琶湖で入水自殺をしています。

先日、叔母が心不全のため亡くなりました。認知症の亭主と対人恐怖症の息子(独身・50代)を残してです。他人事とは思えない内容です。

日本福祉大の加藤悦子講師によると、介護殺人は1998年からの6年間で200件近くあるということです。

昨年後半、50代の男性会員が結婚しました。彼は、一流会社を辞め両親の介護を数十年行ってきたそうです。親に資産があったからこそ出来たことでした。

普通のサラリーマン家庭であれば、介護殺人が起きる要素、十分です。

まだ若い方でも、将来、このようなことが起きる可能性があります。お相手のご両親を介護する気迫があれば、自分の両親の介護をパートナーに手伝ってもらえます。

一人より二人。大切にしましょう!

WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)

アイコン

最近、川崎でヘイトスピーチが問題とされ、デモが中止になりました。

デモを許可された集団と、許可を得ず道路占拠した人(在日のヤクザも参加)たちとの争いでした。この結果道路を使えなくなったデモ隊はデモ中止に追い込まれました。

ある会員さんが、この情報を教えてくれましたので、改めて調べてみました。

調べていくうちに出てきたのが、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)、という言葉でした。

1945年に日本はアメリカに原爆を落とされ敗戦しました。GHQが日本の占領政策を行いましたが、負けたとはいえ日本人はアメリカの物量と原爆により負けたんだと言い、日本人としての矜持を失いませんでした。

これでは、復興した後アメリカに対して復讐を試みるであろうと恐れた米国は、WGIPとPress Code for Japanを発動して、日本人自身に対する強制的な罪悪感の流布と報道規制を、マスコミを使い執行しました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0

更に、台湾系日本人と朝鮮系日本人たちが第三国人と称し、武装解除され日本人を襲い、爆撃を受け焼失した全国の駅周辺地を不法占拠し始めました。

1960年に民法で有名な、善意10年悪意20年が施行されました。日本人の所有地と知っていて不法占拠したものでも、20年住み続けていれば、在日朝鮮人の所有地となる法律です。

私は不動産屋でもあるので、顧客の中には帰化した台湾系日本人の方とか在日のイラン人の方などに不動産の売買を行ってきています。その方から直に聞いた話を一部書き出しますと。

現在、浅草の有名な商店街に変化した場所に、敗戦の焼け野原から掘っ立て小屋同然の地に、何故か某台湾系日本人がパチンコ屋を始めたそうです。そして、税務署から売り上げを誤魔化すために、石炭小屋の石炭の中に現金を毎日、新聞紙に包み隠し、貯めた金で周辺の土を買いあさったそうです。不法占拠し、税金も納めず、巨万の資産を形成したそうです。お孫さんからのお話でした。

現在、都内の駅周辺地にはビルが立ち並び、この賃貸料で優雅に生活している方たちが、未帰化のまま、住んでいらっしゃいます。未帰化のままですと総連か民団に決算書を提出し申告すれば、税務署に申告したものとして処理されます。利益がなかったと申告すれば、同胞たちは税金を払う必要なしと決済します。

このような方たちが多く住んでいるのが、川崎駅周辺です。

〈九州の炭鉱での仕事ぶりを聞かれて〉
 九州は大きい会社があって、そこによく石炭を山盛りにした車が20台、30台も連なってきた。石炭が落ちてきたら死ぬ、危ない仕事だった。石炭が落ちてできた傷が今も残っている(足の傷を見せてくれた)。石炭がくるくるくるっと落ちてきて、尖った部分が骨のあるところに刺さった。日本人が赤ちんをつけてくれたが、その後もずっと仕事をさせられた。そうしたら、また血が出てきたから、包帯を巻いて仕事をした。(略)

 朝鮮にいた時、日本行きは急に決まった。日本の人はみんな徴兵に行って、国内の仕事をする人がいないからたくさん朝鮮から引っ張ってきた。炭鉱の仕事は朝鮮人ばっかりだった。男も女もいた。給料は少なくて1円50銭だった。日本人はあまりいなくて、たまにいると、同じ仕事をしていても、給料は朝鮮人より多かった。1円80銭だった。

〈終戦直後の川崎で〉
 うちも朝鮮へ帰ろうと思ったけど、切符がなかなか取れなかった。その時はヤミでしか手に入れられなかったから。川崎の駅のキング通りは終戦直後は、みんな焼け野原で店は一軒しかなかった。土地は誰のものでもなくて、みんな勝手に自分の土地にした。うちは韓国に帰るつもりだったから、そういうことはしなかった。向こうのみんなが日本に帰ってきたから、自分たちも帰るのをやめた。今ある川崎駅近くの店は、一軒残っていた呉服屋以外、みんな戦後勝手に振り分けた土地の所有者が代々継いできた店。
川崎在日コリアン生活文化資料館より
http://halmoni-haraboji.net/exhibit/report/200608kikigaki/hist007.html

日本人は悪い、日本の政府は悪いとTV・ラジオ・新聞・学校と私たちは教わってきました。これは、WGIPの結果です。今の若い方たちは、インターネットという新しい媒体を得ることで、徐々にマスコミからの「報道しない自由」から、距離をとれるようなってきています。

日本の将来はこの若い方たちが変えていくでしょう!

だから安心して結婚してくださいね。応援します!

ページ移動